紙風船

泡沫の庭荘

 

 

紙風船

 

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「あ、あ・・・テンゾウ・・・・う・・・」

 

テンゾウの激しさは加速度的に増していた。カカシ

の膝裏を持ち限界まで足を広げ、何度も何度も角度を

変え、敏感な部分を抉るように行き来する。肉打つ音

が限りなく続いた後最奥に熱を放出させ、更にテンゾ

ウはカカシをうつ伏せにした。

 

ようやく解放されるかと思っていたカカシがそうで

ないことを悟り、荒い呼吸の合間に抵抗の言葉をのせ

る。

 

「テンゾウ・・もう・・・」

 

「カカシさん、まだ」

 

「・・・は・・・う・・・」

 

 間を置かず、テンゾウはカカシの腰を持ち上げる。

しっかりと押さえ込み、既に溶けきっている後腔に再

び浸入する。再び行き来を繰り返しながら時折手を伸

ばし、カカシの乳首を押しつぶし、また捻るように摘

む。その度にカカシはその背を弓なりに仰け反らせ、

甘美な痛みに耐えていた。

 

 

「テンゾウ・・・どうした今日は?」

 

 嵐の時間が過ぎ、ようやく息を整えたカカシがテン

ゾウに聞く。

 

「すいません。きつかったですよね。」

 

 テンゾウはまだ起き上がれないカカシの髪を指で梳

いて、その額にキスをした。

 

「少し休んでて。先にシャワー浴びてきます」

 

「・・・うん・・・・」

 

 結局テンゾウはカカシの問いに答えず、シャワーへ

と向かった。

 

 

 カカシは社会人2年目となり、それなりに仕事もこ

なせるようにはなってきた。まだまだ未熟なところも

多いにあるが、ようやく、自力で安定した生活を営む

という目標を叶えつつある。

 週末にはこうしてテンゾウのマンションを訪れ、逢

瀬を重ねている。

彼への想いは変わることなく、むしろ深まっていく

ばかりだ。男女のような夫婦生活を望むことはできな

いが、自然に二人の時を紡いで行ければいいと思って

いる。

 

「司法試験の勉強で苛ついているのかな・・・」

 

 カカシより4歳年下のテンゾウは、いつもそれなり

に激しいセックスを仕掛けてくるが、今日はまるで何

かに追い立てられるような、そんな無謀さがあった。

 

微かな不安。

 

テンゾウがシャワーから戻ってくる。

 

「カカシさん、動けます?シャワー行きますか?」

 

「うん、行くけど・・・」

 

「けど、何?」

 

「テンゾウ、なんかあったら俺に言えよ」

 

「別に何もないですよ。早くシャワーに行かないと、

もう一回襲いますよ」

 

「おい!」

 

 テンゾウのいたずらっぽい笑顔を見て、カカシは少

し安心してシャワーへ向かう。

 

 

 カカシが部屋から出ていき一人になると、テンゾウ

はベッドの端に腰掛けた。

 サイドボードの引き出しに、100万円の束が三つ入

っている。昨日、小包で送られてきた。送り主に適当

な会社名が入っていたので、どこかの企業の資料かと

思い受け取った。大学4年のテンゾウにはそういった

ものがよく送られてくる。

開けると中から薬師カブトのメモと札束。メモには、

手切れ金が足りなければ追加で用意する。一週間以内

にカタをつけろと記入されていた。

 

両手で顔を覆う。水影建設の社長令嬢が嫌なのでは

ない。誰であっても一緒だった。カカシ以外の人と歩

む人生が、ありえない。出会う前は互いに一人で生き

ていたのに、今はもう、カカシのいない日々を想像す

ら出来ないのだ。

 

 

 

 

取引先との、打ち合わせとは名ばかりの飲み会を終

え、昼の暑さの余韻を残すアスファルトの上を、カカ

シは足早にテンゾウの家に向かっていた。

今日はこちら側が接待をする方であり、相手会社の

担当が女性ということで、カカシは先輩からその女

性の横に座って愛想を振り撒けと厳命されていた。

 

笑顔の作りすぎで、なんだか頬がこわばる。それで

も仕事なら笑顔だって作らなければならないし、それ

で取引がうまくいくなら安いものだ。働く場があるか

らこそ収入を得られる。そして今から向かう先は恋人

の家だ。

 

父母のいない生活を送ってきたカカシにとって、仕

事があり、恋人がいる今の生活は、ずっと望んでいた

生活だった。恋人が同性ということは、今の事態にな

るまでは想像できなかったが、それでも今ではもう、

好きならばそんな事は問題にならないと思える。

 

路地を曲がるとどこからか祭りの音がした。

 

「もうそんな季節か・・・」

 

 ふと、いつだったかテンゾウが紙風船を知らないと

言った事を思い出す。

 

「あいつは変わった環境で育ったからな・・・」

 

 両親がいない事はカカシも一緒だったが、それでも

テンゾウが育った環境の変わり具合はレベルが違う。

そして頭の良さがまた特別で、記憶力の凄さに驚いた

事は一度や二度ではない。世界クラスの頭の持ち主な

のに、紙風船のことを知らなかったりする、そんなテ

ンゾウが愛しい。

 

 春以降、時々思いつめた表情をする時があり、気に

ならないと言えば嘘になるが、司法試験や卒論がある

のでちょっと疲れているんです、と言われれば、そう

かなと思う。

 

 

テンゾウのマンション近くの閑静な住宅街は、夜遅

い時間に人通りはほとんどない。

 

カカシが塀に囲まれた大きな家が続く道路を歩いて

いると、街灯の下に4人の人影が見えた。少し違和感

を感じながらも、その道がマンションに続く道であり

歩を進める。

4人組のそばを足早に通り過ぎようとした時、声を

かけられる。

 

「はたけカカシさん」

 

「え?」

 

 声をかけたのはいかにも高そうなスーツに身を固め、

眼鏡をかけた神経質そうな男だった。近づくまでは気

づかなかったが、周囲の3人のうちの2人には見覚え

がある。カカシが大学時代にバイトをしていた店に、

みかじめ料とかの金をせびりに来ていたチンピラだっ

た。確か次郎と左近だったか・・・。

 カカシが思い出すように顔をじっと見つめると、次

郎と左近はバツが悪そうに視線をずらした。

 

 眼鏡が3人より前に出て来る。

 

「あなた、うちのテンゾウさんと付き合ってますね」

 

 次郎と左近がいる時点で、この男たちはテンゾウが

養子になっているという暴力団関係者ということの想

像はついた。しかし夜の道端で囲まれるこのシチュエ

ーションの意図が判らない。

 

「調べたんですよ。テンゾウさんは恋人がいると言い

張るけど、どうも女と会ってる気配がなくてね」

 

「あんたは誰だ?」

 

カカシは危険な雰囲気を感じながらも、名前も名乗

らぬ奴からプライベートな事を言われる筋合いはない

と思い、とりあえず確認する。

 

「これは失礼。私は薬師カブトといいます。テンゾウ

さんの生活の世話は実質私がしています。女もね、何

度か調達したこともあるもんだから、まさか男と付き

合うとは思ってもいなくてね。それで確認に時間がか

かった。でもまあ、我々は様々な業界にパイプがあり

ますから」

 

 カカシはその時点では黙って聞くしかなかった。

 

 カブトが続ける。

 

「どうやら二人が付き合ってるのは間違いないようだ。

最初は驚きましたよ。困るんですよ。水影建設社長令

嬢との婚約は、それはもう苦労して私がお膳立てした。

断るなんて選択肢はテンゾウさんにない。そんな権利

はないんだ。散々、好き勝手な事ばかりさせてきたの

は、組に貢献させるためだ。それを忘れてもらったら

困る」

 

「婚約・・・?」

 

 カブトのその言葉にカカシは驚きを隠せない。

 

 カブトが嫌味な笑顔を浮かべた。

 

「初耳でしたか。でももう3ヶ月も前に決まった事な

んですよ。来年春に結婚式の予約もしている」

 

「結婚・・・」

 

 周囲が見えなくなる。婚約、結婚、その二つの文字

だけがカカシの頭の中をぐるぐると巡る。3ヶ月前に

婚約。来年春に結婚式。3ヶ月前に婚約。来年春に結

婚式。

 

 

「別れなさい」

 

 カブトがカカシに命令する。カカシが顔を上げる。

 

「嫌だ」

 

 ほとんど無意識に答える。

 

「テンゾウさんといい、あなたといい、頭のいい大学

出ているのでしょう?それなのに、どうしてそんなに

馬鹿なんですか」

 

「誰と付き合おうと、あんたに止められる筋合いはない」

 

 カブトが卑下た笑いを浮かべる。

 

「世間知らずの若者は、自分の立場を思い知らないと」

 

 カブトが周囲の3人に目配せをし、カカシが気づい

たときには囲まれていた。咄嗟に逃げようとしたが、

相手は暴力のプロ3人。直ぐに追いつかれて殴られる。

よろけながらもカカシも反撃に出て、いくつかの拳や

蹴りが相手に入ったが、それがかえって、プライドだ

けは高いチンピラをいらだたせた。

 

 暴れるカカシをなんとか左近と次郎が後ろから羽交

い絞めにする。抵抗できぬ状態になって、カカシから

反撃されていた見知らぬもう一人がカカシを激しく殴

りつけた。二度、三度、口元から血が流れ出る。

 

「もういいじゃねえか・・・」

 

カカシに若干の申し訳無さを感じていた次郎が止め

る。言われたその男は最後に腹に蹴りを入れて、よう

やく暴力は止まった。両脇を左近と次郎に抱えられて

サンドバックのように殴られたカカシは、崩れ落ちる。

 

道路に倒れ込んだカカシに、それまで離れたところ

で見ていたカブトが近づく。かがみ込み、カカシの髪

を掴んで顔を上げた。

 

「男を虜にする顔が台無しだな」

 

 カブトはもう一度聞いた。

 

「テンゾウさんと別れなさい」

 

「・・・嫌だ・・・」

 

 目も半分開かないような状態で、全身ボロボロのカ

カシがそれでも別れないというと、カブトの表情が変

わる。

 

「どうしようもない馬鹿だな。本気で純愛ごっこする

つもりなのか?男同士で?気色悪いんだよ。そんな不

毛な関係がいつまでも続くと思ってるのか?ああ!?」

 

 それまで粘着的な丁寧さを保っていたカブトが逆上

し、カカシの肩を蹴り上げた。そしてもう一度カカシ

のそばに行き、そのスーツの上着ポケットに札束をね

じ込む。

 

「手切れ金だ。そんなに男に突っ込まれたいなら、そ

の金で相手探せ、変態野郎」

 

 そう耳元で囁いて、さっと踵を返した。

 

「行くぞ」

 

「は、はい!」

 

 左近と次郎はカカシが気にはなったが、歩き始めた

カブトに従いその場を離れた。

 

近くに止めていたベンツに乗り込み、カブトは携帯

を手にする。

 

「テンゾウさん?私だ。今、あなたのマンション近く

の路上ではたけカカシさんが転がっていますよ。自分

がはっきりしないことで彼がどんな目にあっているか、

その目で見てきてください」

 

 一方的に話し、電話の向こうでテンゾウが何かを叫

んでいたが、そのまま切る。

 

 車を発進させ、カブトは家に向かう。高級マンショ

ンである自宅に着くと、カブトは電気も点けず窓から

の月明かりの中、一人佇む。そして突然、室内用のゴ

ミ箱を激しく蹴り上げた。

 

「馬鹿か!」

 

 一人で叫ぶ。

 

「男同士で?そんなもの!」

 

そしてカブトは自らの下半身に手を添え、自慰を始め

た。

 

「あ、ああ・・・大蛇丸・・・組長・・・」

 

「男同士で、純愛なんて・・・そんなもの・・・成立

しない・・・」

 

 大蛇丸への報われぬ想いを、テンゾウとカカシへの

憎悪に転化する。

 

 

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