紙風船

泡沫の庭荘

 

 

紙風船

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 テンゾウは公園のベンチに座り、手にした雑誌に視

線を落としていた。その隣に冴えない安物の上着を来

た初老の男が座る。男は茶色い紙袋を自分とテンゾウ

の間に置いた。

 

「用意できたか?」

 

 テンゾウが小さく聞く。

 

「マカロフ」

 

 男も呟くように応える。

 

「豆は?」

 

8装填済。他に22

 

「間違いないだろうな」

 

 テンゾウが聞くと男は口の端で笑った。

 

「大蛇丸んとこのボンにガセつかませるなんて度胸は

ねえぜ。ただ、あんたは汚いことには関わらねえエリ

ートさんって聞いてたけどな」

 

 テンゾウは読んでいた雑誌のページをめくった。そ

こにはページをくりぬいて札束が入れられている。男

はチラッと横目でそれを目視した。

 

「余計な話は無用だ。約束分入ってる」

 

 テンゾウはそう言うと、その雑誌を閉じ、自分と男

の間に置いて、次に先ほど男が置いた紙袋を手に取り

立ち上がった。

 

 男はまだ座ったまま、テンゾウが置いた雑誌を手に

した。ページを繰り、札の埋まった所を開けて今度は

しっかりと確認する。

 

「また、ご贔屓に」

 

 男の声を背中に聞きながら、テンゾウは紙袋を抱え

てその場を離れた。

近くの公衆トイレ内に入る。袋の中のマカロフ銃と

弾丸を確認してまた紙袋に包んだ。

 

 通りに出てタクシーを拾いカカシの入院する病院へ

向かう。

 

 

5日前、カカシは薬師カブトに襲われ、テンゾウの

呼んだ救急車によって運び込まれた病院でそのまま入

院していた。

カカシの怪我を不審に思った病院から警察に伝える

ケースではないかと勧められたが、身内の揉め事だか

ら被害届は出さないとカカシは言い張った。

 

 その点はテンゾウもそうせざるを得ないと考えてい

た。訴えれば、カカシを痛めつけた実行犯はあっさり

と認めるだろう。肩がぶつかったとか理由は何とでも。

組の為に前科がつくことなどなんとも思わない連中だ。

そしてそいつらを刑務所に送ったところで、次の実行

犯になる連中はいくらでもいる。

 

 ただ、一般の会社に勤めるカカシには暴力団との裁

判沙汰などダメージでしかない。被害者と言ってもあ

らぬ噂をかけられる可能性もある。入院した理由を、

会社には階段から落ちて怪我をしたと連絡していた。

 

 

 テンゾウが病室に向かうと、カカシの部屋から話し

声が廊下に漏れていた。

 

「しー。そんな大きい声ダメよ。病院なんだから」

 

「だよな。じゃ、そろそろ帰ろうか」

 

「そうね、畑君。必要なことあったらなんでも言って

ね」

 

「うん、ありがとう」

 

「仕事一杯残しておくから、ゆっくり休め」

 

「それ、ゆっくりできないでしょ」

 

 笑い声が聞こえて、4人ほどのスーツを来た男女が

出て来る。

テンゾウは少し端に避けて見送った。

 

 部屋に入るとカカシがベッドを少し斜めに起こして

いた。

 

「会社の方ですか」

 

「うん。上司と、同僚と」

 

 スーツ姿の会社の仲間。そこにはテンゾウの所属す

る世界とは違う暮らしがあった。カカシと自分は交わ

ってはいけないとあらためてテンゾウは思う。カカシ

には勝手に人の幸せを決め付けるなと怒鳴られたが。

 

 親族でないと色々融通が利かないため、病院に対し

テンゾウは従兄弟と名乗っていた。おかげで病状説明

にも同席できたが、肋骨骨折、左肩脱臼、顔面挫創、

左手首捻挫、大腿部打撲、カカシのカルテに並ぶ普段

は使うこともない文字を見て、改めて胸がつまった。

 カカシにこの苦痛を与えているのは紛れもなく自分

なのだ。

 

「見舞いに来てくれたけど、カッコ悪いよ、内出血が

広がってて」

 

「でも、色はだいぶ薄くなりましたよ」

 

「そ?」

 

「はい」

 

 テンゾウはカカシの頬に手を添えた。カカシが見上

げる。

 

「元がかっこいいから、多少内出血あっても全然大丈

夫」

 

 テンゾウの言葉に、カカシが小さく笑った。

 

「そういうことにしておく」

 

 

 テンゾウはカカシの着替えを持って病院の洗濯室に

向かった。

コインを入れ、洗濯を始めるとその足で1階に下り

る。

 

 携帯を使って良いとされるエリアに出てカブトへ電

話をかけた。

 

「どうしました?テンゾウさん」

 

「カカシさんとは別れる」

 

「少し利口になりましたね」

 

「だからもう二度と、カカシさんに手をだすな」

 

「男同士で恋愛なんて変態じみた幻想ですよ。ま、こ

っちはあなたが指示に従ってくれれば、乱暴なことは

しませんけどね」

 

「・・・入院中だけ世話に通うから」

 

「ふん、まあそれはいいでしょう。じゃ、水影建設と

式の打ち合わせをすすめておきます」

 

 

 

 

 それから1週間後、カカシは退院した。自宅療養を

数日行い、会社へと復帰する。週末にテンゾウの家に

行くこともなく、時々会社の同僚と飲み会へ出かけた

り、ガイやアスマと会ったりして過ごす。

 

 

 テンゾウは司法試験の参考書を買い込み、夏休み中

はあまり外出せず過ごした。

 9月になり、大学へと通う。時々は婚約者の水影照

美と会ったりもした。

 

 そうして季節は秋から冬へと姿を変えて行く。

 

 

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※豆=弾丸の隠語