札幌 住宅 逢い見ての後の心にくらぶれば

詩の庭荘

 

逢い見ての後の心にくらぶれば

 

【第四話】

 偵察任務を次の担当と交代し、俺達は里に向かっていた。

「テンゾウ、先の川のほとりで、少し休まないか?」

 木々を飛び越えながら移動しつつ、俺はテンゾウに話し

かける。

「先輩、お疲れですか?」

「ん、まあ・・・」

 ただの偵察任務であり、さして疲れているわけではなか

ったが、俺はテンゾウに話す機会を持ちたくて、疲れてい

るかとの問いに曖昧に肯く。

 

「すいません。気づかず飛ばしてしまって。あの、横にな

られるのなら四柱家も出しますが」

 テンゾウが本当に申し訳ないというような表情で答え

る。

「いや、いいよ。ちょっと休憩したかっただけだから」

 いつものように俺を気遣うテンゾウの、その律儀すぎる

優しさが、俺の心を乱す。

 

 

中忍となった時から、俺は常に頼られる側の人間だった。

尊敬、憧れといった言葉は言われる立場で、天才との称賛

と引き換えにいつも答えを求められ、実行を求められ、自

分もそれを当然の事として生きてきた。

父親が理不尽な死を遂げた時ですら、俺は里への忠誠心

を変える事なく、いや、むしろより一層任務に励み、結果

を出してきた。

 

そんな俺を、後輩であるテンゾウはまるで庇護するよう

に接してくる。見えない大きな籠に包まれている様な、暖

かい心地よいテンゾウの言葉や態度。

 想いを告げることは叶わなくても、その優しさに触れる

事が出来ていた、ツーマンセルのバディという立場から去

らねばならない。

 

 

 小川のそばの、腰を下ろせる岩の上に俺が座った。俺が

座ってから、テンゾウも近くの岩に座る。どこまでも律儀

な態度のテンゾウを見つめながら、俺は言葉を絞り出す。

 

「テンゾウ・・・」

「はい?」

「俺、暗部を抜けることになった」

「えっ?」

「上忍師になる」

「上忍師・・・。九尾の少年の指導ですか?卒業はまだ先

と聞いてますが・・・」

「まあ、先に慣れとけって事だろう。暗殺部隊と、子供を

指導する立場は違いが大きいし、正規部隊も常に人手不足

だからな。それと俺は例の不可解なうちは事件の生き残り

の少年も、見ることになってる」

「でも・・・!人手不足は暗部だって同じじゃないですか。

九尾の少年は確かに先輩を必要とするでしょうが、せめて

彼が卒業する時でいいんじゃないでしょうか」

 

 なんにでも鷹揚で、冷静なテンゾウが珍しく声を荒立て

て、明らかに動揺した態度のテンゾウに、俺は少し癒され

る。

テンゾウは本気で、俺とのバディ解消を残念がってくれ

ているのだ。それは、俺がテンゾウに対して想っているよ

うな感情ではなくても、俺をまるで守るようにそばにいて

くれていたテンゾウは確かに、後輩として俺の事を慕って

いてくれるのだろう。

 

 大声を出したと思ったら、一転してテンゾウは下を向い

て黙りこくった。

怒ったような表情で、口を真一文字に結んでいる。

「テンゾウ・・・」

 無言に耐えきれず俺が呼びかけると、ようやく言葉を発

する。

「いつからですか?」

「暗部としての任務は今日が最後だ。簡単な偵察任務だっ

たのは三代目の配慮だろう。明日から休暇は、身辺整理の

期間だ。休暇明け、正規部隊へ移動する」

「珍しく1週間も休暇があると思ったら、そのためだった

んですね」

「ああ・・・。お前はその休暇の後、別の奴とバディを組

むことになってる」

「唐突過ぎて、気持ちの整理がつかない」

「暗部の動向は誰であっても機密事項だよ」

「判ってますよ!そんなことは。でも、ずっと一緒にやっ

てきた僕にも、今日なんですか。いきなり、今日が終りだ

と聞かされるんですか!」

 

 はっきりと怒りを露わにした口調で、テンゾウが言う。

「ごめん」

「・・・すいません、先輩が謝る事じゃないです・・・」

 俺の謝罪の言葉に、テンゾウは昂ぶった感情を落ち着か

せようと大きく息を吐き、項垂れた。

 

 再び互いに無言になり、川のせせらぎだけが響く。黙っ

て川を眺めていたテンゾウが、もう一度息を吐いた。

「わめいてすいません。先輩は・・・いつも自分にだけ不

正直だから一人で頑張りすぎて、心配でしょうがないで

す・・・」

 18歳のテンゾウから22歳の俺に向けたその言葉に、苦

笑する。

「写輪眼のカカシをそんなふうに心配するのは、お前だけ

だよ」

 

 深い琥珀色の瞳でテンゾウは俺を真っ直ぐ見つめた。

「生意気ですいません」

「怒ってるわけじゃないよ」

 俺はテンゾウを見つめ返す。

「お前は昔っからそうだったよな。初めはそれこそ生意気

な奴だと思ったけどそれだけ気にかけてくれてると思う

と、やっぱり嬉しいよ」

「あなたは強くて、しかも誤魔化すのが上手なので、相当

無理してる事にみんなは気付かないんです」

「そんな別に、物凄く無理はしてないけど」

「してますよ」

 

 テンゾウは俺の事を、まるで自分の事のようにきっぱり

と言い切り座っている岩を降りて俺に近付いた。俺の前に

立ち、俺を見つめる。

 

ふいにテンゾウが、両手で俺を包むように抱きしめた。

 

突然の事に俺は少しの間息をするのさえ忘れて、抱きし

められたまま動けずにいる。

 

「あなたが好きです。後輩としてではなく・・・・・。

気持ち悪いですよね、すいません。でも今言わないと、一

生後悔する・・・」

 

 好きです・・・?

判り切った言葉なのに、まるでその意味が理解できない

様に俺は頭の中で、好きですというフレーズをただ繰り返

していた。

テンゾウに抱きしめられたまま。

 

第三話    第五話