書き物の間

4.迷いの森(5)

 カカシの部屋で、女が髪をまとめて身支度をしていた。
「カカシ、私ね、婚約するの。」
その女、ヤエが唐突に言った。

 ベッドの上にいたカカシが、言う。
「そうなの・・。そりゃ、やっぱりおめでとうって言うべきかな。」
「あんたって、ほんと強くて良かったわね。でなきゃ、敵にやられる前に、今頃、私に八つ裂きされてるわよ。
ウソでも、せめて残念がってくれないの?
付き合ってくれないってわかってて、あんたに抱かれてた女の身にもなりなさい。」

 カカシが目を見開いてヤエを見た。それから顔を伏せる。
「傷つけてたなら、ごめん・・・。俺、もうちょっと割り切ってるのかと。」
カカシの沈んだ顔を見て、ヤエの心が痛む。

   −傷ついてんのは明らかに私なんだけどな・・・。これも惚れた弱みって奴か・・・−

「うそだよ。大体つき合えないってあんたにはっきり言われたのに、
それでもいいからって言ったのは私だもね。」
「ごめん・・・。ヤエの事が嫌いなわけじゃないよ。」
「うん、わかってる。抱かれるだけでいいって言う女は他にもいたけど、受け入れてくれたのは私だけだもんね。
その他の女の中では、私は好かれてたんだよね。せめて、それくらい言ってくれてもいいでしょ。」
「うん、好きだったよ。」
「すでに過去形なところが腹立つけどね。」
ヤエが笑った。

「カカシ、私の婚約者ね、あんたの知ってる人だよ。」
「え?そうなの。誰?」
「ちょっとは気になる?」
「そりゃ。」
「ふふ、トミヲよ。」

「ごほっ!げっほっ!」
ちょうどビールを飲もうとしていたカカシが激しく むせた。
「あははは!」
ヤエは大笑いした。

「やったあ!私、あんたの驚く顔が見たくて、今日は来たのよ。期待通りのリアクションありがと!」
「じょ、冗談?」
「違うわよ。ほんとに婚約したの。私たち、驚くほど気が合うの。
やっぱり、同じ人を好きになる位だから、感性が一緒なのね。」
そう言って、ヤエはまっすぐカカシを見た。

「トミヲは俺と、ヤエの関係知ってるだろ。」
「もちろんよ。私たち隠し事ないの。お互い、2番目に好きな者同士なのよ。
1番目に好きな人はあなたってわかってる。二人なら無理に気持ちを押さえ込まなくて済むのよ。私も、トミヲも。」

 カカシは、また目を伏せた。
「今日、ここに婚約の事を言いに来てることは、トミヲは知ってるけど、やっちゃった事は内緒ねー。
これで最後だと思ったら、ついね。あんたの顔見たら我慢できなくなっちゃった。」
そう言ってヤエは豪快に笑った。
カカシもつられて、少し笑顔になる。


「幸せに。ヤエもトミヲも」
ヤエが帰る時、カカシが言った。
「もちろん。」
そう笑顔で返事したヤエの目には涙が浮かんでいた。
泣き笑いの表情でヤエは帰って行く。


 自分を大切に思ってくれる人が今、現在にもいる。
それなのに、それはわかっているのに、一歩が踏み出せない。心はどうしても過去へと還ってしまう。
カカシはベッドサイドに置いてある、かつて自分が心を寄せた人たちの写真を見つめた。 

戻る 続く