書き物の間

3.月明かりの庭(5)

 カカシが箸を置いた。あまり食べていない。
「先輩、ほんとに食べてないですね。さっきの看護人に怒られますよ。」
「寝てるだけだからおなか減らない。」
そういえば、任務中の兵糧丸もカカシはテンゾウの半分くらいしか食べていなかった事を思い出す。
後で食べると言ったから、その時はあまり気に止めなかったが、
結局カカシが一人で兵糧丸を食べる姿は見ていない事に気づいた。
その上、人の数倍もの働きをするのだ。
華奢な身体の理由が分かる。


 雲が切れて暗かった病院の中庭に月明かりが射した。


 テンゾウは中庭を見て、月の光はカカシの髪の色に似てるなと思う。
いや、髪の色というより、全体に月のイメージがする。
全身に殺気をみなぎらせ、あざやかに敵を倒した場面を目の当たりにしているのに、
そんな強い人だと充分に判っているのに
それでもなお、朧げな月とカカシが重なる。
月明かりから目を離し、もう一度カカシを見た。
 細い指で髪をかき上げ、カカシがお茶を飲む。
白い肌との対比で、まるで口紅をさしているように見える唇が、潤いを持った。

 映画などで、もしも月の精の役があったら
どんな美しい女優よりも先輩の方が似合うだろうなと、ふとテンゾウは考えた。


  テンゾウはカカシのそばへ行き、箸を持つ。
「自分で食べないなら、僕が食べさしますよ。」
「何言ってんの。」
カカシが顔を横に向ける。
「食べないと元気出ません。ほら、あ〜ンして。」
「あ〜ンとか言うなばか!」
カカシが本気で照れた。素のカカシにテンゾウはちょっと嬉しくなる。
「残したら食べさしてもらうって言ったでしょ。」
「お前に言ったんじゃないよ。」
「嫌だったら、もう少し食べて。せめて後半分。」
「半分?」
「そう後半分。」
「わかった。」
半分と言われしぶしぶ食べだすカカシに、まるで子供みたいだなと可笑しくなる。


 カカシがやっと半分食べて、それでも残してると看護人に怒られてるのを見届けて、
テンゾウは病院を出た。
 カカシに出会ってから、心の振幅が激しい。
驚いたり、感心したり、怒ったり、笑ったり・・・。
月が天上に輝いてる。
今、また別の感情が沸き起こる。

   −強くなりたい−

 暗部に呼ばれる程度には、忍者としての価値はあるのだろうと自覚はしていた。
しかし、それも実験体としての忍術を持っているから。
どこか冷めた目線で自分を見ていた。今は、ともかくも強くなりたいと思う。
あの人の迷惑にならないように。
あの人を守れるように。

 歩くのを止めて、屋根から屋根へ飛び移りながら、寮へ向かう。
移動していくテンゾウの影を所どころ月光が照らした。

戻る 続く