2人は、森の中を歩いていた。
少し動くと、うっすらと汗ばむ初夏の季節であったが、
森の中は木々に覆われ、空気がひんやりとしている。
ところ所、木洩れ日が木々の間からさしていた。
テンゾウがカカシの元へ戻り、数日が経過した。
宿の夫婦のもてなしと、テンゾウの看病で、カカシは少しずつ元気を取り戻した。
まだ、完全に回復していなかったが、骨折の治療を少しでも早く受けたほうがいいとの判断で、
数日間世話になり、名残を惜しんでくれた宿の夫婦にお礼を言い、
藤の国を出て、今、木の葉の里へと続く道を歩いている。
「大丈夫ですか?」
「うん。」
「痛みますか?」
「薬効いてるから、大丈夫。テンゾウ、その質問、何回目か知ってる?」
「数えてるんですか?」
「途中まで数えてたけど、多すぎて止めた。」
カカシはほんの少し、不機嫌だった。
テンゾウはカカシに歩調を合わせているにも
にもかかわらず、一定の距離を保って歩いている。
何回も何回も、大丈夫かと確認するほど心配している割に、
カカシがテンゾウに近づきすぎると、距離を保ち離れてしまう。
カカシはなんだか面白くなくて、早足になった。
「先輩、飛ばすとバテますよ。まだ回復したわけじゃないんだから。」
カカシに合わせて早足で歩きながら、テンゾウが言う。
「テンゾウが早く里へ戻ろうって言ったんだろ。」
「少しずつでも進みましょうって言ったんですよ。ほら、呼吸が・・・。」
体力が戻ってないカカシは、早歩きで息が乱れた。
「無理しないで、休みましょう。」
「大丈夫って言ってるだろ。」
更に早足になろうとした所で、めまいがしてふらつく。
「だから言ってるのに・・・。」
テンゾウは素早く支え、そのまま近くの木の切り株にカカシを座らせた。
「いい加減、僕の前ではもっと素直になってくださいよ。無理しないで。」
ふらついたのが言いわけできなくて、カカシはむすっとしながらも、頷いた。
「わかった・・・。」
森の中は、時折小鳥の声が聞こえる以外、静かだった。
カカシはテンゾウに渡された水と兵糧丸を飲んで、一息つく。
カカシの呼吸が落ち着いたのを見てテンゾウが聞く。
「先輩。これも素直に答えてほしいんですけど・・・。」
「何?」
「どうして、あいつ等を許して帰したんですか?」
「許したわけじゃないよ。とにかくもう、顔見たくなかったから。」
「それもあったんでしょうけど、一番は僕があいつ等を殺すと思ったから、逃がしたんじゃないですか?」
「・・・・・。」
しばらくカカシは答えなかったが、やがて口を開いた。
「殺すとまでは思わなかったけど、無傷で帰さないって言ったから・・・。」
「やっぱり逃がしたんですよね。」
「・・・・・。」
カカシは答えなかった。
「どうして?あんなに酷い事をされたのに、里の仲間だから?」
「里の仲間って程、意識はしてないけど、自分も動けなくなったのは不注意だったし・・・。」
「それだって任務の為でしょう。」
カカシの銀色の髪と、テンゾウの茶色の髪を揺らしながら、森の中を風が通り抜ける。
「先輩見てると、先輩がいまだにその別れを悲しむ人達から
随分、大切にされてきたんだなあって思いますよ。」
「え・・・?」
テンゾウがふいに違う事を話し始めたので、カカシはテンゾウを見つめて聞き返す。
「お互いが大切な存在でなければ、それ程の悲しみはおこらないでしょう。
大切にされていた記憶があるから、先輩は今も別れが辛いし
その分、里の仲間への思いも深くて、傷ついたりする事を嫌がる。
僕には、正直先輩程、木の葉の里への思い入れはありません。
ハセとムロウの事も・・・、殺すつもりまではなかったって言いたい所ですが・・・、
先輩が止めなければ、何してたかはわかりません。」
カカシはテンゾウが大蛇丸の実験体の生き残りだという事は知っていたが、
あえて本人とその話をしたことはなかった。改めて、
テンゾウが心の奥にかかえているものに、思いを馳せる。
カカシは切り株の上に座っており、テンゾウはすぐ隣で、落ち葉の広がる地面に直接座っていた。
そのため、カカシはテンゾウをやや見下ろす位置になっている。
時間の経過によって、少しずつ太陽の位置が変わり、木洩れ日の差す位置も変わる。
ちょうど、座っている場所に光が木々の間から差し込み、
テンゾウの茶色の髪が光に煌めく。
カカシは、テンゾウの髪が、大地かあるいは樹木の色に似ていると思う。
人々を包む優しい大地と木の茶色。そのイメージのままに、
いつもカカシに優しいテンゾウがかかえている、自分とはまた違う、闇に閉ざされていたであろう過去。
カカシがテンゾウを光に輝く髪ごと見つめていると、
視線に気づいたテンゾウがふいに立ち上がった。
「そろそろ、行きましょうか。」
カカシに手を差し伸べ、立ち上がらせる。
立ち上がった事で位置が変わり、今度はカカシの髪に光が当たる。
色素の薄いカカシがベールに包まれたようで、テンゾウは思わず見とれる。
お互い、視線を外せなくなり、見詰め合った。