1階へ降りると宿の夫婦が、眠らされていた事などまったく気づいてない様子で、
夕食の仕度をしていた。テンゾウに気づいて、奥さんが話しかけてくる。
「あなたが、隊長さんの世話に戻って来た方?夕食は何時にします?」
「すいません。予定が変りまして、よろしくお願いします。
それで夕食の前にもう一つお願いがあるのですが。」
テンゾウは、カカシの骨折を伝え、里長に連絡を取って、病院から鎮痛薬を取り寄せて欲しいと頼んだ。
「あら、さっきまでお怪我されてなかったのに。」
奥さんが訝しげにテンゾウを見る。
「元々戦闘で痛めていたところを、ふらついて打ってしまって。」
「まあまあ大変。じゃ早速、ダンナを使いに出しますわ。」
テンゾウは頭を下げて、一旦裏庭に出た。
宿夫婦を覚醒させ、テンゾウの事を話していったのはもちろんハセだろう。
罪滅ぼしにもならないようなハセの行動に、テンゾウは余計苛立ちを覚えた。
多少なりとも、カカシの事が好きならば、どうして2人で乱暴なんかするのか。
つい、沸き起こる怒りの感情を何とか打ち消し、
木遁で、カカシの手首に合いそうな添え木を用意し、部屋へ戻った。
宿の浴衣を羽織ったカカシは一段と細く見える。
木遁の添え木で、カカシの左手首を固定した。腫れて痛々しい。
「痛みますか?」
「少し・・・。」
認める時点で、相当痛いのだろうと想像つく。
多少の事では痛みを訴える人ではない。ただ、高度な忍術使いのカカシの治療は、
やはり木の葉の医療忍でなければならない。
木の葉に戻るまで、添え木で固定し、鎮痛薬で痛みを取り除くしかなかった。
「薬を頼んでますから。」
「うん、ありがとう。」
礼を言ってうつむいていたカカシが、ふいにテンゾウの首に抱きついてきた。
突然のカカシの行動にテンゾウはびっくりして一瞬息が止まる。
「テンゾウ、戻ってきてくれて嬉しい・・・。ほんとに嬉しい。
あいつらが来てから、テンゾウの事ばかり考えてた・・・。会いたかった・・・。」
カカシの柔らかな髪がテンゾウの頬を撫でる。
片手だけで一生懸命抱きついているカカシに
自分の事をずっと考えて、会いたかったというカカシに
心が全て、愛しい想いでいっぱいになった。
何か話さなくては、と思うのに言葉がうまく出てこない。
テンゾウは黙ってカカシの頭と背中に手を回し、抱きしめかえす。
キスしたいと思った。
テンゾウに抱きしめられても、そのままじっとしているカカシに、
愛しい想いを全て打ち明けキスしたい、そう思った瞬間に、
自分がここへ駆けつけた時の、二人の男にのしかかられて、涙を流していたカカシの映像が
フラッシュバックのように浮かぶ。弱ってるカカシにキスをしたいなんて、
自分もあいつ等と一緒じゃないかという思いが起こる。
カカシが抱きついてきたのは、弱って、心細くなっているだけなのではないだろうか。
一度抱きしめたカカシを離せない、自分のカカシへの想いは揺るぎない、
それと同時にカカシの涙の映像が浮かぶ。
弱みにつけ込む様な事は出来ない、という思いがテンゾウを躊躇させる。
その時、障子の向こうから、夕食の仕度が出来たという奥さんの声がして、
テンゾウはそっと、抱きしめていたカカシを開放した。