カカシはただ、テンゾウの事を考えていた。
出会ってから、いつだってテンゾウはカカシを見てくれていた。
いつも優しく気遣い、さり気なくそばにいてくれて、
国境警備中に酷い言葉を言われた時も、藤の国で襲われた時も、
テンゾウが助けてくれたのだ。
カカシは、テンゾウの家に行く事にした。
飾る言葉なんて要らない。正直に、自分の想いを伝えよう。
藤の国の帰り道、森の中でテンゾウが好きだと打ち明けてくれたように。
誤解されたままなんて嫌だ。
カカシは、テンゾウの家の合鍵を持ち、玄関に行く。
夜中なので、大きな物音を立てないように、そっとドアノブを回す。
ドアを開けたら、テンゾウが目の前に立っていた。
「あ、びっくりした・・・・・。」
思わず声に出るが、びっくりしすぎて咄嗟に反応できず、
まるで棒読みのセリフのようになった。
「もうちょっと、本気でびっくりしてもらえませんか」
テンゾウが、苦笑しながら言う。
「いや、あの・・・。びっくりしすぎて・・・。テンゾウ・・・。来てくれたんだ・・・。」
カカシは驚きから抜けきれず、棒立ちになったまま、つぶやいた。
「夜中なので静かに来たんですけど、中から先輩がでて来る気配がしたので、
そのまま前で待ってました。っていうか、ほんとは先輩が
うちに来てくれてるんじゃないかって思ってたんですけど、
任務から帰って無人だった時はちょっとショックでしたよ。」
「テンゾウ・・・任務だったんだ。」
「ええ、単独の。これでも、最大限急いで帰って来たんです。
部屋戻って、シャワー浴びてそのままここへ来ました。」
「そうなんだ・・・。」
とりあえず、返事はしたが、次の言葉が出てこない。
何時間も考えていた人が普通に目の前にいたので、逆に戸惑う。
突っ立ったままのカカシにテンゾウが言う。
「あの・・・、中に入れてもらってもいいですか?」
「あっ、ごめん。うん、入って。」
テンゾウを中に招き入れて、とりあえずソファに座る。
「何か飲む?」
一度テンゾウの横に一緒に座ったカカシが、立ち上がった。
テンゾウがカカシの腕をそっと掴んだ。
「要らないです。先輩座って。」
カカシは素直に座り、テンゾウに聞く。
「テンゾウ・・・。あの、怒ってないの?」
「怒ってますよ。当然。」
即答されて、カカシは胸が痛んだ。
「ごめん・・・。俺、テンゾウが好きだから、
想いが通じない時は苦しいだろうって思って・・・。
だから、あいつは大怪我してたのに、俺の言葉で気力が湧いたって聞いた時は・・・、
ああ・・・、ごめん。なに言ってるのか判らないよね。」
テンゾウは、ハセから事の顛末は聞いていた。
カカシの言葉足らずの説明でも、事情は判っていたが、
それより、カカシからテンゾウが好きと言う言葉が出たことに、
怒りの気持ちが消失していく。
カカシを嫌いになる事なんてない。改めて自覚しながら、カカシを抱き寄せた。
抱き寄せられ、テンゾウの胸にもたれてカカシは体から緊張が解けていく。
カカシは思う。そうだ、今度テンゾウに会ったら両手で抱きつきたいって思ってた。
前は左手にギブスをしてたから・・・。テンゾウの胸板は、
初めて会った約1年前より大きくなってる気がする。
「あいつから、ハセから聞きました。
僕は任務の資料を取りにあの時、暗部待機所へ行ったんです。
先輩達を見て、さすがに冷静さを保てず一度あの場を離れましたが、
その後戻って、ハセと話したんです。あいつは・・・、まあ、
いい奴ではないですけど、先輩を好きな気持ちは本当でしょうね。」
テンゾウに抱き寄せられ、その胸に持たれたまま、カカシはテンゾウの声を聞く。
ああ、テンゾウ、いい声してる・・・。暖かい優しい声。すごく心地よい。
「でも、先輩はちょっと皆に優しすぎですね。
いくら、人の気持ちを汲むって言っても、僕の気持ちも汲んでもらわないと。」
「うん、ごめん。」
「ちょっと里を愛しすぎですよね。僕は時々、疎外感を感じてしまう・・・。」
テンゾウに抱きしめられたままのカカシは、
テンゾウの背中に両手をまわし強く抱きしめ返す。
そして優しく聞いた。
「どうして、疎外感なの・・・?テンゾウだって里と三代目に、
とても大事にされてるだろ。」
「僕が三代目に・・・?」
「そうだよ。大蛇丸の実験室に自ら乗り込んで、
テンゾウ達を助けたのは三代目と当時の暗部だよ。
今まで、別に言わなかったけど、俺はツーマンセル組む前に、
テンゾウの事は聞いていた。
その後医療忍の総力を結集させ、それでもお前しか助けられなかったのを、
三代目は今も悔やんでいる。
そして、助かったお前の事をとても気にかけている。
テンゾウが、自分の生い立ちにも里にも、どこか距離を持ち、
優れた忍であるにも関わらず、その能力をおまえ自身が認めていないという事に
三代目は胸を痛めているよ。」
カカシの言葉にテンゾウは言葉を失う。
そうだ・・・。あらためて考えたことがなかった。
自分は誰かに助けられて今生きているのだという事に。
一人で、実験室から出てきたわけではないのだ。
医療忍も相当な力を結集させてくれたはず。
そして今、カカシに会う事が出来た。
この人はやっぱり凄い。はじめ自分は怒っていたのに、
いつの間にか慰められている。
幾年も胸に抱えていた冷たい感情が、わずかな時間で解けていく。
自分はもっと、自分を誇っていい。
だってこんな凄い人に、呼びかけられて返事をしなかっただけで、
蒼白にさせてしまうほど、自分は愛されているのだから。